Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “遅秋一景”
 

ここまで都に間近い土地では、
さすがに すっかりと自然のまんまということはないのだろうが。
その割には雑多な木々や茂みが伸びるに任せての荒れ放題、
さして手入れもされてはなく、ところによっては鬱蒼としており、
そんなせいで人が入り込むことも滅多に無さそうな。
山というほどじゃあないが、林と呼ぶには随分と広くて深い、
そんな雑木林の中へと、一人の僧侶が静かに分け行っておいで。
道らしい道もなく、木々の間にほんのり居残るは けもの道か。
ところどこが傾斜になった樹の間を進み、
色づきの始まった楓や桜、楢に槐
(エンジュ)などなどの、
様々な色合いが混ざり合った天蓋を時折見上げては、
その狭間から覗く空の青さに、ついのこととて口許がほころぶ。
木々が色づくこんな時期でも、
杉だろうか針葉樹があるせいで放たれている、
つんとした緑の香の濃い空気がいかにも清かで心地いい。
下生えも瑞々しくて、だが、こちらはそろそろ枯れ色が始まるか、
土があらわになったところが、人が通って出来た道のように見えてもいて。
日頃は用心深い御仁のはずが、
今日の此処でばかりは怪しみもせず警戒もなく、
まんじゅう笠の縁に手をやり、もう少しかなと先を眺めていたところが、

  ―― かぁーっ、かっかっ、と。

堅い音を交えた威嚇の声が不意に聞こえた。
おやとお顔を上げ、笠の縁から視線をやれば、
そちらへ向かおうとしていた方向、林の奥へと連なる道なりの先に、
小さな小さな四つ脚の獣がいる。
少し濃い小麦色の毛並みをした、ちょっと目には仔犬にも見えかねないが、
尻尾の膨らみようとふわふわとした動きや、肢体の軽やかな動作から、

 “…仔ギツネ、か?”

まだまだ幼い仔獣のキツネらしいなと見分けられ。
春に生まれたとしてのこの時期には、随分と小さな躯の仔ギツネが、
なのに一丁前にも身を低く構えての四肢を踏ん張り、
背中を丸め、柔らかそうな毛並みを逆立てて、
こちらへ向けての威嚇を懸命に仕掛けて来ているのが、

 “ふ〜ん?”

いろんな意味合いから思うところがあっての、
立ち止まったままでおわした、こちらの僧侶殿だったのだけれども、

 「…ああちび、やめな。そいつは構わんのだ。」

そんなお声が頭上からして、
それを聞いたからだろう、仔ギツネがお顔を上げると、

 「うや? どして?」
 「俺を封じに来た僧じゃねぇ。追い返さんでいい。」

口がぱくぱくと動いた訳じゃあなかったけれど、
妙に幼い声がしたのは、間違いなくのこの仔の声だと察せられ。
傍らの、萩だろか茂みの方を向いてた仔ギツネ、
ふ〜んとでも言うようにして、黒々としたお鼻を宙へと振り上げると、

 「なぁ〜んだ。」

いやにお軽い声になり、ふるるっと総身を揺すぶれば…あら不思議、
するするっとそりゃあなめらかに、その身が人の和子へと変わる。
ただの人ならびっくりして腰を抜かしたかもしれない変化
(へんげ)だったが、

 「おお。」

こちらの僧侶は、その目許をしばたたかせた程度であって。
そして、

 「随分と可愛らしいのに懐かれているではないか、阿含。」
 「放っとけよ。」

先程の、この坊やを制した声がしたほう、頭上からひらりと、
濃色の道着姿の男が舞い降りる。
結構な上背があり、体の厚みも相当なもの。
いかにも屈強精悍な風貌の君だのに、
どんという反動もなくの、絹でも舞って来たかのような静かさでの降臨であり、
それだけでも人ならぬ存在らしいことが伺えて。
黒髪を房に分け、縄のように綯った不思議な髪形をし、
鋭角な目許にかちりとした鼻梁、
頬骨も堅そうで、酷薄そうな笑みに引き締まった口許…と来て、
見るからにくせのありそな存在だのに、

 「あぎょん♪」

さっきの仔ギツネ、今は愛らしい童が、
とてとて駆けて来て、
小さなお手々でむぎゅうと腿のあたりへしがみつき。
この人はボクの、とでも言いたげに、
こっちをじいと見やるのが、何ともほのぼのとした構図にしか見えず。

 「…で、母親はどこの美人だ。」
 「違うと判ってていうか、このタコ坊主。」

お前が父親だろうとまでは言ってないのに、
そこまで読んでのこの応酬。
ちょっとばかり目許が座っているものの、
本当に腹を立てているなら問答無用で相手を切り裂けるほどの妖異。
ここいらの広域を縄張りにしている蛇の大妖だと、
相手の素性は重々承知のこの僧侶。
その名は不詳で、姿のそのまま“雲水”で通っておいで。
笠を脱いだ下から現れた姿は存外と若く、
この裏山の本来の地主である陰陽師、
神祗官補佐殿とさして変わらぬ年頃ではあるまいか。
だって言うのに、こちらの蛇様を一向に恐れる気配はなくて、

 「ぷや?」

先程からの口の利きようから、
成程 警戒する必要はない相手らしいなとそちらでも察したか。
小さな童が阿含の足元から離れると、
あれれぇ?と小首を傾げもって僧侶のほうへと近づいてみ。
旧来の信仰、神道のほうがまだ威勢は強くての、僧侶は市井にも珍しいが、
そんなこと以上に坊やを惹きつけたのが、

 「あぎょん、しょっくり。」

そちらさんは清冽にして堅物そうな印象の方が強いものの、
目鼻立ちのいちいちが、こちらの蛇妖様と似ていると、
気がついてのびっくりしたらしい くうであり、

 「ああ。俺の姿はそいつの写し身だからな。」

髪がないし年寄り臭くも納まり返ってやがるのに、
むしろ よく判ったなと。
舌っ足らずな物言いをする小さな和子、
かたかた駆け戻って来たのを受け止めると、
ほ〜れ高い高いと、自分の頭の高さまで抱え上げてやる。
そこまでの一連の言動の方こそ、
僧侶殿には…大妖としての威容以上の破壊力があったらしくて、

 「〜〜〜〜〜。」
 「? どした?」

うずくまるほど腹でも痛いかと、
今度こそはその胸のうちまでは読めなかったらしい蛇妖殿が、
きょとんとして自分の盟主を見やったものの。

 「…いや、何でもない。」

確かに腹も痛かったが、それは、
頭痛と共に襲って来た あまりに微笑ましいものを見てしまったことへの反応。
そして、そんな“本当のところ”を口にするのは、
いかな盟主の身であれ、我が身がかわいくてのつい、避けてしまった彼であり。
ただ、

 「先だっては大変なことがあったらしいではないか。」

だからこうして訪のうたのだと告げたれば、

 「…。」

途端に、その身へとはらんだ空気が微妙に硬化した彼だったけれど。

 「? あぎょん?」
 「ああ、いや…何でもねぇ。」

すぐ間近の懐ろから、
案じるようなお顔で見上げてくる和子に気づくと…気を取り直す。
そうして、

 「大したこっちゃねぇさ。」

それもまた判ってるからこそ、
こんなにも後日にのんびり現れやがったんだろうがよ、と。
視線だけは眇めたそれのまんま、
若い僧侶の方へと差し向ける。

 『おやかま様っ! あぎょんっ、たしけてっ!』

よほどに此処の獲物が魅力的なのか、
性懲りもなく、この雑木林へと潜り込んだ猟師がいて。
追い払ってやらんと立ち向かったところが、
大胆狡猾というよりも卑屈な臆病者だったらしく。
弓へとつがえていた矢には魔封じのまじない。
それがまた、こんなのに限って真っ当な筋で手に入れたものか、
効果あるのを施しており。
腰を抜かしながら射ったのが、だからという出鱈目に飛んで、
選りにも選りって、邪妖・魔物の心臓、存在の源である“核”を掠めた。
怒りの形相ものすごく、その迫力にて腰抜け猟師は追い払えたが、
そのまま地へと突っ伏してしまった彼に驚いて。
たまたま居合わせた仔ギツネ坊や、
真っ青になるとその身をこちらの懐ろへともぐり込ませて来、
必死で念じての次界転移をやってのけ。
金髪の神祗官補佐殿のところまで、一気に飛んでったらしくって。
意識が戻ったその最初、
人家にて臥してた自身にも驚いた阿含だったが。
それを枕元で看取っていた陰陽師殿はといえば、

 『あぎょんが死ぬる、たしけてたしけてと大騒ぎだったぞ。』

口でこそ そのように、こっちをなぶるような物言いをしつつも、
既に別なことへと感慨深げでいたようであり。
この屋敷には阿含でも結構手を焼くほど、
手数を踏まねば入れぬよう、様々な結界が輻輳して張られているのに。
解析もせずのそれこそ“体当たり”に等しい荒業で、
しかも意識がなかったとは言え、大妖を連れての乱入を果たした。
よくもまあ、あんな小さいうちからこんな途轍もないことをと、
その末恐ろしさに舌を巻いていたらしくって。

 『お前と遊ばせていたから刺激されたのかねぇ。』
 『さあな。』

まま、これもまた天の采配、
今更 蓋をしてどうなるもんでなし、なんて。
相も変わらず、
剛毅な物言いをしていた金髪痩躯の陰陽師殿だったらしく。

 「ま、無事でおるなら言うことはないさ。」

これでも一応、案じていたらしい僧侶殿。
周囲に広がる秋の錦景を、今一度 眸を細めて眺めやると、

 「本尊に収まるつもりも、まだ起きぬか?」
 「ああ。そんな堅苦しいのは当分御免だ。」

検討してみもせずの即答に、
やはり予想はあったのか、くくと微笑った僧侶殿、

 「ではな。用向きはそれだけだ。」

あっさりと背を向けると、そのまま踵を返し、立ち去りかける。
どこからの訪のいかは知らないが、
此処は結構な場末だから、ずんと歩んで来た身だろうに。
来てすぐも等しいお帰りであり、

 「ふや…。」

ありゃりゃあと、唯一落ち着きをなくした仔ギツネさん。
自分から擦り寄ってた邪妖のお兄さんの懐ろから、
高さも物ともせずに うんせと飛び降りると、

 「待って。」

たかたか駆け寄り、小さな手をはいと伸ばした。
立ち止まった僧侶殿の手へ、ころんと渡されたのは、
一見するとただの木の実。だが、よくよく見ると甘い匂いがする焼き栗で。
小さな手には2つが限度だったらしいそれ、どーじょとくれたの笑顔で受け取り、
じゃあなと手を振るお兄さんで。


  ―― あぎょん。
      なんだ。
      あぎょんもあんなして笑ったらいいのに。
      お?


小さくなってくまんじゅう笠を見送った不思議な二人の、
そんなやりとりもまた、キジの鳴く声に掻き消され。
あとにはただ、晩秋の閑とした静謐
(しじま)が満ちるばかり……。






  〜Fine〜  08.11.15.


  *もっと細かく描写してもよかった一大事でしたかね。
   あんまり切々と綴ってしまうと、
   あぎょんさんが照れるんじゃないかと思いまして。
   久し振りにご登場の雲水さん、
   今度来たおりには何故だか阿含さんから妬かれてたら笑えます。
(おいおい)

  めーるふぉーむvv ぽちっとなvv

ご感想はこちらへvv  

戻る